メディア問題

2007.10.18

亀田一家問題、初音ミク紹介問題 (おもにTBS関連)

なんか、いろいろ起きてるけど、そういえば、私自身、メディア問題について書くこと少なくなったなあ。
それは暇がなくなったというより、もう過去に似たようなことを書いてしまっているからかもしれない。

2000年12月の年末、私は以下のようなことを書いた

12月26日(火) 新世紀に向けての妄想

大住 良太氏のページ の、例えば、京都小学生事件取材被害についての記事、 浅野健一氏のページ の、例えば、西鉄バス事件での取材被害や、少年院取材の記事、 そして、宮崎学氏のページでの、 彼が行なった記者会見における報道各社の対応についての批判など、 とにかく、興味深いマスメディアに関する記事が次々にWebで読めようになってきている一方で、 マスメディア各社の方はというと、 取材方法などに関して、自ら問題を検証する番組を作るとかの、自浄努力がほとんど見られない。

今までは、テレビや新聞といった手段でしか、情報を得ていなかった人たちが、 次々にインターネットを利用するようになってくれば、 こういったマスメディアの様々な問題を、具体的事例として、 もっと知るようになっていくかもしれない。以前から漠然と不信感を抱いていた人たちも、 具体的事例を知れば、こんなにひどいことをしているのかと、漠然としていたものが、 明確な憤りへと変わっていくかもしれない。

その時が来るまでに、今のように、何の自浄努力もマスメディアがしていかないのであれば、 突然、ひょんな報道被害などの事件とかをきっかけに、 音をたてるように、マスメディアの信頼が(今でも、もちろん、絶対の信頼を受けているわけではないが)、大崩壊するのではないか…という気が最近してきているのだが、やはり、 私のいつもの妄想であろうか(苦笑)。

引用おわり。

7年を経過しつつある今も、私のマスメディアに思う危機感はさほど変わっていない。
テレビ局などのマスメディアをめぐる事件は増加してきているのだろうか。冷静に考えてみるとよくわからない。
ただ、それを取り上げるメディアがものすごく増えたとは思う。個人が意見を述べる場も爆発的に増えた。

それと、2000年の頃の私がそうであったように、今、テレビ局の不愉快な行動を確認するために、テレビを観る人が増えたような気がする。亀田の試合がそうだったのではないだろうか。
そうだとすればそれはエンターテイメントなのだろうか。

テレビメディアは私の2000年の妄想の後、7年近く持ちこたえた。さて、今後10年で、まだ持ちこたえ続けるのか、それともXデーは訪れるのか。

最近すっかりめんどくさくなった私は、静かにその行方を見つめている。

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2005.08.06

TBSのヒロシマ特集番組に思う

TBSで放送されたヒロシマ原爆の特集番組を見る。
以下、感想を箇条書きで。
時には不謹慎と言われそうな少数意見かもしれないが。

・CGによる原爆再現映像は、悲惨というよりも破壊の美しさの領域に達するものだった。
平和を語る時、映像にそこまでのクオリティが必要なのか、それをまず考えた。
でも、私は考えを一歩進め、そのような残酷であるはずの映像の美に引き込まれるという人間の純粋な気持ちが、平和を望むことと、必ずしも対立するものではないとも思っている。

・進行役として、筑紫氏を選んだのは疑問。
「TBSは死んだ」発言以降、相次ぐTBSや関係の深い新聞社の不祥事に、ある時は擁護的であったり、ある時は口をつぐむなどして、視聴者の人望を失いかけているこの人が、今、平和を語るのはマイナスなのではないか。
TBSが平和を真に望むなら、その道に本当に近づきたいと思うなら、そこまで考えるべきではなかったか。

・「この悲惨な事件を繰り返さない」という結論で終わる番組構成は、今まで、ずっと繰り返されてきた。
しかし、現実はどうだ。例えば、アメリカはイラクを攻めた。イラクの民間人の命は奪われ、国内の混乱はまだ終わっていない。それを全面的に支持した小泉自民党政権を選んだのは日本人だ。
私は身近にもいる彼らを支持した人間すら非難できないでいる。

・原爆により命を奪われた人の気持ちを考えて欲しい…そのような考えが、もし世界平和のために支障となるなら、そんな感情論は捨ててしまった方がいいのではないだろうか。
弔い合戦という言葉もある。戦争で命を失った者を悼む気持ちが明日の平和へと繋がる、そんな短絡的な考え方を私は信じない。

・むしろ、アメリカから広島を訪れた原爆開発に携わった老博士が、広島に原爆を投下した行為を謝罪しないと繰り返した意志、ここに、我々は目を向けるべきではないのか。
その彼だって平和を望んでいるのだ。ブッシュに不安を抱いているのだ。
戦争が生んだ悲しみの感情を抑えた上で、平和というものがどうあるべきか、客観的に考えるべきではなかろうか。

・今、日本の数多くの匿名の人々が、主に2ちゃんねるなどで、中国や韓国を中傷する書き込みを繰り返している。これら一つ一つの発言責任を伴わない行為は、この先、年月を重ね、国民同士にさらに深い溝を作り出す危険はないだろうか。
そして、今、民営化されるかもしれない郵便局。その豊富な資金は、まわりまわって、イラクの復興支援の名目で、例えば、ハリバートンなどの軍事産業に流れる恐れはないのだろうか。
歴史を見れば、やはり戦争は繰り返されている。しかし、その繰り返される形は同じではない。
(あとで客観的に見れば似たようなものかもしれないが)
「過去に起きた戦争の悲惨さを忘れるな」、その事ばかりにとらわれず、今起きている新しい乱れ、ほつれなどを見つけていくことが大切ではないのだろうか。

・平和を願うと言っても、それを語る人々の、それぞれの背後には、何かの集団があったりして、単純ではない。
そのことが「平和運動はうさんくさい」という市民の不信感を生んではいないだろうか。
平和問題を語る時、その問題は決して無視できないと思う。
広島を「ヒロシマ」と書くことへの抵抗を抱いている人もいると聞く。
でも、マスメディアはそれらのことにあまりにも目を背けすぎてはいないだろうか。
いろんな集団があり、それらに色々な問題があることは事実だ。
でも、仕方がない。いろいろと諦めつつ、折衝しつつ、そこそこ平和な社会の維持を目指す。
それが、私が現状で考えている「平和についての想い」である。

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2005.05.12

TBS Webページコラム盗用問題

TBSが自社のWebページのコラム記事を他の新聞記事から盗用した問題。

TBSは記者会見とWebページに謝罪文を置く行為は行ったものの、テレビでの報道は最小限。しっかりした謝罪もない。
まあ、自社の不祥事に対する対応は、民放各社はいつもこんな感じなので全然驚かないし、他の人がblogで色々書いているので、TBSの社としての対応の問題についてくどくど書く気はしない。

ただ、今回事件を起こしたスポーツ担当の部長が、Webページのデザイン等を行っていた外部のフリーライターに、「あなたが書いたことにしてくれ」と頼んだ件についてだけは書いておきたい。
そのフリーライターが別の社員に相談したことにより、発覚したそうだが、ということは、頼まれた時は、そのフリーライターは、とりあえず話を受けたということなのだろうか。

産経新聞の記事によれば

ライターが書いたように頼んだことについては、「気が動転していた」と話しているという。

だそうで。
気が動転したら、そういう弱い立場の人を利用する。その卑劣さ。
今までも時々そういうことをしていたのだろうか。

TBSでは、外部の人間に対して、そういう行為が常態化しているのかもしれないと不安になる。

もしかしたら、私も他人事じゃないのかもね。
もし、テレビ局と何らかと関係を持ってしまうと、そのテレビ局に対して、批判とか書けなくなっちゃうかもしれないから。
昔のように、3DCGアニメーションとか自作してた時はともかく(雑誌に作品等が掲載され、ギャラとかも貰ったことあるし)、すっかり作品制作するのにくたびれてしまった今となっては、そんなこと心配する必要もない気もするけどね。

ただ、一方で、私の場合、声優のファンとかしてることもあって、あまり、テレビ局に対して、歯に衣着せぬことばかり書いているのもまずいかもと思うことは正直言うとある。

なんか、表現の自由ってそういうところで押さえつけられてるかもしれないんだよなあ。
でも、衣食住にある程度満たされた現代人にとっての本当のストレスはそういうところにあるんじゃないのかなあ。

エンターテイメント作品に残された最後のカタルシスのフロンティア、それはマスメディアだと、私は思ってる。

ま、そのあたり、多分自作小説とかの形で、作品にしたいんだよね。うまくいくかわからないけど。
(ちなみに電撃小説大賞に応募した作品はそんなんじゃありません)

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2005.05.08

「JR西日本報道に見るマスコミと視聴者のギャップ | 時事風来」に思うこと

リンク: JR西日本報道に見るマスコミと視聴者のギャップ | 時事風来.

上のリンクの文章の中の以下の問いかけ

どうも 「世論とは報道が作るものだ」 となっているのではないでしょうか。

の部分に対して思ったことを書いてみたいと思う。

私は報道側にそんな思いがあるとはあまり思わない。
今の各社の仕事の進め方が無計画で、読者や視聴者がそういうように思う状況を作り出してしまっているだけだと思う。

そうなってしまうのを防ぐにはどうしたらいいか。記事や番組の制作側はそれを考えるべきじゃないかと思う。

例えば以下のようなことをするだけでも効果があると思う。

・報道の本質は、エンターテイメントじゃないし、本来、受け手のストレス解消を目的とするものであってはならない。だから、視聴者感情に訴えかけようとする現在の番組制作のあり方は見つめ直すべきである。
例えば、劇伴音楽の使用は慎むべき。

・報道には自浄機能が著しく不足している。例えば、報道被害が発生した際、その対応策の情報公開を進める。

・知識等が不足しているコメンテーターに、時間つなぎ的なコメントを言わせない。それらが、視聴者に誤解を与える温床となっている。

・大きな事件ほど、初期報道の精度が著しく悪い。
それらは視聴者の混乱を招き、事件当事者に大きな迷惑を与えかねないため、報道したことは常に記録に残し、間違った報道は時間を十分に使って、繰り返し訂正報道を行う。

まあ、あまりしっかり考えてないけど、私が思った対処策はこんなところ。


ところで、堀江氏がどんな講義をしたかわからないが、

「今の報道は本当に視聴者が知りたいことを伝えていない」

という言葉は麻薬だと思う。

例えば、今の報道機関が
「今の官僚は本当に国民が知りたいことを知らせていない」
とかと言って、視聴者の共感を得ようとしていることと、本質的に同じではないかと思うのだ。


…ってなんだかえらそうなこと書きすぎたな。ははは。

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"阪和線の沿線から:JR宝塚線事故について その8"を読んで

トラックバックがあった以下のリンク先の文章についての感想。

リンク: 阪和線の沿線から:JR宝塚線事故について その8

興味深く読んだ。
特に産経新聞が今回の過熱報道について自戒する文章を載せたことをある程度評価している記事についての部分。

私も産経新聞の記事をある程度評価してもいいとも思う。特に批判が寄せられていることを紹介した部分などは。
しかし、うがった見方だけど、blogで広がるマスメディアへの不信感にうまく便乗した可能性もあるかなと感じた。

なぜなら自戒といいつつ、具体的に自社が起こした失敗を挙げてるわけじゃなく、他の記者の行為を他山の石としようという記事だから。

批判に口を閉ざしているよりもむしろずるい手かもしれない。
いろんな考えはあると思うけど。

それと、産経新聞なのだから仕方ない話なのだけど、テレビ番組を観て寄せられた視聴者の批判が、肝心のテレビ番組ではどうやらほとんど報じられていないこと。
それがなされない限り、きっと同じことがまた繰り返されるだろう。
鳥越氏などは、以下のような真っ当なコメントを寄せているが、

「感情的な言葉はあまりに聞き苦しい。自分もミスを犯すかもしれないということを忘れ、恫喝(どうかつ)的な姿勢になっている」。

鳥越氏はテレビの人なんだから自分の番組でそれを言えないのかよと言いたくなる。

とにかくトラックバックに感謝。

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2005.05.06

報道ステーションのJR西日本報道

JR西日本に問題がなかったとは言わない。
だが、昨日、今日、例えば報道ステーションが、JR西日本に対して行っている行為は一体何なのか?
これが報道なのか?

ゴルフや宴会、そんなものまで一つ一つ暴き、糾弾していく…。
そして、おどろおどろしい音楽とともに被害者の報道。
こんなものを作っていて、制作側はおかしいとは何も感じないのだろうか。

報ステの古館伊知郎は、JR西日本の社員達の行為を「鈍感な感受性」と断ずる。
しかし、このようなヒステリックな番組を観た一部視聴者がマスメディアに対してどう感じているのか、それに全く気づかないとすれば、それも「鈍感な感受性」ではないのか。

大事件が起こる度に繰り返されるこの現象。
救出現場に飛び交うヘリコプター。事件当事者に遠慮無く向けられるマイク。
コメンテーターなどによる拙速であるが故にしばしば不正確になる分析。

これらは、今の(たとえば日本の)マスメディア全体に巣くうシステムであり、その発生は自動的だ。
私は、大きい事件が起きる度、きっとまた同じことが繰り返されるだろうなと思い、
思った通り、やはり繰り返される。

そして、マスメディアは、自らが持つメディアを使って、それらの問題を顧みる番組を作ることはほとんどない。
もうめんどくさくて、一つ一つ取り上げる気も起きない。
ただ一つ、変わりつつあることは、インターネットなどのメディアを通じて、マスメディアに対する不満を述べる人が増えてきたことだ。

だから僕はもうそろそろ語るのを諦めてもいいのかな。

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2005.01.13

つぶやき追加

告発する側は、具体的な物証を持ってないと、言った言わないの水掛け論になり結局敗北してしまう。
したがって、これはまずいと感じた時は、その時は上層部の対応に従いながらも、いざという時のために、陰でこっそり物証となるものを収集しておき、告発のチャンスを待つ。
サラリーマンジャーナリストには、もしかして、そんなしたたかさが必要なのかもしれない。

さらに付け加えると、例えば、平和を訴える運動に関しても、似たようなしたたかさが必要なのかも。

いや、よくわかんないんだけど……。

ちょうど私が、杉山隆男著の「メディアの興亡」下巻を読んでいる時に、こういう事件起きるなんてタイミング良すぎるなあ。

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NHK「女性国際法廷」政治介入問題

とりあえず、私が知っていることを紹介。

実はこの件、過去にBPOのBRC(放送と人権等権利に関する委員会)で議題となっている。
(URL: 第20号 女性国際戦犯法廷・番組出演者の申立て)

ここを見ると、少なくとも、出演者に了解なく、本人が最も主張したい部分が削除されるなどの数々の修正が加えられたことは間違いない模様。

しかし、NHKのプロデューサー長井氏による政治家の圧力があったとする記者会見、自民党 安部氏の報道ステーションでの発言、中川氏の談話、そして、NHKの、番組編集に政治家の関与はなかったとする正式見解、何が真実で、何が嘘なのかが見えないので、私は考えを述べにくい。
この手の事件はいつも真相は藪の中なのかなあ。

ちょうど、今日のNHKの11時のニュースで、韓国議員の「脱北」会見を、中国が強行阻止したのを、表現の自由に絡めて報じたのはなんとも皮肉。

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2005.01.11

サンデーモーニング(性犯罪者の再犯率)

メディアで使われている性犯罪者の再犯率は嘘 - 羊堂本舗(2005-01-07)を興味深く読む。

サンデーモーニングは、石原知事発言の編集に関しても問題を起こしたが、相変わらず、雑なことをやっている印象。

こういう報道をきっかけに、アメリカのミーガン法みたいなものが作られるとすれば、それはやはり問題だと思う。

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2004.12.20

NHKに言いたい…について言いたい

急遽作られた番組、「NHKに言いたい」を観た。

これだけの時間を割いて、視聴者の意見を吸い上げたことは、とりあえず私は高く評価したい。
今まで、このような方法で、視聴者の意見を吸い上げる努力を、日本の放送局が行なったことは、過去に例がないのだし。

でも、NHKの場合、受信料を払わないと言い出した人が急増したことが、この番組を作る大きな要因だったのだろうな。そういう意味では、あまり手放しで喜べることではないかな。
それに、この番組を観て初めて問題の深刻さを感じた視聴者も多いと思うので、むしろパンドラの箱を開けてしまったという面はあるかも…。

で、肝心の内容の方は、基本的には、長いばかりであまり感心できないものだった。
出演者による議論の方も、なかなかいいことを言っていると思う部分は色々あったけど、肝心の海老沢会長の回答が、どちらかというと精神論に終始して、具体的な方策があまり見えなかったし。

議論の中では、経営委員会が非常勤の人たちで構成されているのが問題だと指摘した部分を興味深く思った。
話によれば、専任職員で構成した事務局とかもないようだし(なんか、会長秘書辺りが事務とかやってるとか、気になることを言ってたようだが、聞きそびれた)

どう選定するかはさらに議論が必要だとは思うけど、非常勤の人がいるのは悪くはないが、専任者も必要だと思う。で、その委員会の議事内容を公開すれば、透明性が図れるというわけで(まー、そこまで完全に透明にはできないイロイロはあるんだろうけど)。

視聴者の意見は紹介はされてたけど、一つ一つにちゃんと回答しているという感じがあまりしなかったな。

実は、私も送っていて、それはテロップとしては出た。

何を書くか迷ったけど、紹介されたのは「日放労が海老沢会長に辞任要求を出している件をほとんど報じないのはなぜか?」という内容。

他にも書いたけど、それらは省略された模様。(それらは、過去のままなってる日々で書いたことばかり)

視聴者側の意見も精神論や抽象的なものが多かったなあ。
具体的な問題点を一つ一つ指摘し、回答を得ていくことが、最も重要だと思うんだけどねえ。この意見じゃ、答えも精神論になっちゃうよなーと思う意見が多かった。

あと、冒頭で、不祥事について図を使ってわりと丁寧にまとめた放送をしたこと、
それから、国会(総務委員会)に参考人招致された件を生放送しなかった事は不適切だったことを事実上認めたこと。

この二点は私は評価したい。

同じように、BPOなどもこういった視聴者の声を吸い上げる番組を作って欲しいものだが、そうはいかないんだろうなあ。

・過去の私の関連記事

ままなってる日々: NHK釈明放送

ままなってる日々: NHK海老沢会長ほか参考人招致

ままなってる日々: NHK海老沢会長、明日参考人招致

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